ゲームで負けたときキレるのは悪いことじゃないということにした

(下書きしたのはちょっと前なので、投稿時期と内容がずれているところがあります。スプラ3発売は2022年9月9日)

スプラトゥーン3が発売になるということで、ここ最近スプラトゥーン2をよくやっている。 スプラトゥーンは負けがこむことを沼るとか表現するらしいが、私はよく沼りまくっている。そういうときに、横から何かを言われたりするとめちゃくちゃキレてしまうことがある。 子どものときからよくこんなことがあった。ファミコンの人生ゲームで負けるだけでぶち切れしてわーわー喚いていた。 子どものときはだいたい兄とゲームをすると圧倒的に自分が下手で馬鹿にされるから、だんだんゲームが嫌いになってやらなくなった。 大学生くらいのときも当時付き合っていた人と、ゲームではないが卓球をして負けたときに悔しくてブチ切れてラケットを床に投げつけたりしていた。 つまり昔からゲームに関して癇癪持ちなのである。 だいぶ大人になったのにいまだにこんなことをしてるなんて恥ずかしい。 でも夫とこの話をしてたら、ゲームでキレるのはださい、とか情けないとか、大人げないとかよく言われるけどなんでなんだろうねって話になって、そんなことどうして思わないといけないのかとなった。 別にゲームでキレてもいいんじゃないか。 友達とやってて、その友達はただ楽しくやりたいだけなのに私がブチ切れて楽しい雰囲気を台無しにするのはなんかよくなさそう。 他の人が楽しみたい気持ちはそれなりに優先すべきこと。 でも気心がしれた夫と二人でやってるときくらい、別にキレてもいいよね、ということになった。

ラジオが苦手だったけどPodcastを聞きはじめたら案外よかった話

ずっとラジオに苦手意識があった。 ラジオ好きの人はもともと趣味として自宅や移動中にラジオを聞くのは普通のことだろうと思うが、私にとってラジオはずっと車の中で流れるものだった。 子どもの頃は田んぼに囲まれた田舎に住んでいたので、休日になると父親の運転で繁華街がある県庁所在地まで2時間ほどかけて遊びに行っていた。 その道中に流れていたのがラジオなのだ。

休日のお出かけ以外にも、母の両親が離れた場所に住んでいたこともあって7時間とか10時間とか家族で車移動することもあった。 うちの家族はおしゃべりでにぎやかというタイプではないので、車の中ではほとんどの時間を静かに流れる景色を見ていた。 田舎から高速道路に乗った移動で車の窓から見えるのは、終始、田んぼ、山、トンネル、山、田んぼ(繰り返し)だ。特に代わり映えはしない。 同じ姿勢でじっと、そういう風景を見ていた。

加えて、私の体質は車酔いになりやすかったり、トイレが近かったりと、長期移動に向かない。 たいていの移動が楽しい思い出より、我慢の思い出の方が多い。 ラジオはそういう長距離移動の記憶とセットなのだ。 だから、大人になってから車で移動するときも同行者にお願いしてラジオはあまり流さない。 ラジオを聞くと車酔いしてしまいそうになる。

ずっとそうだったのに、最近ついにPodcastを聞くようになった。 コロナになって、運動不足が深刻になってきて、なるべく散歩に出たり、徒歩で20分くらいのところにあるジムに通うようになった。 その徒歩の移動時間にPodcastを聞いてすごすのがちょうどよい。

はじめは、Youtubeでしゃべりがメインのものを音声だけ聞いていた(考えてみたらこれはほぼPodcstで叶えられる)。それだとやっぱりどこかで画が欲しくなってしまう瞬間があったり、なんとなく音声だけだと間延びしてつまらなく感じたり物足りなかった。 その後試したのがAudible。実用書とか小説の朗読を倍速とかで聞いたりしてたのだが、情報量は申し分ない。文字情報だけで済むものを音声にしたものだから、理解に足りないということはない。ただ、情報がしっかりしすぎてわりと真剣に聞きすぎてしまうというのが難点だった。 ぼーっと散歩したいのに、それだとしっかり聞いて考えごともしながら足も休めない、みたいになっていって大変だった。

その点、Podcastはちょうどいい。人と人の会話が多いし、そういうものは適度にやりとりのよい間があったり、相槌の時間があったり、あまりせかせかした気持ちにならない。 もともと音声情報を聞いていることは好きだった。読書は読み続ける努力が必要なので考えごとがはかどりすぎて進まないとか、そもそも興味を維持できなくて進まないみたいなことがあるタイプなのだが、Youtubeみたいに受動的に流れてくるものを受け取り続けるのはそれほど苦じゃない。 さらにいうと、私は人の話を聞くのが結構好きだ。 だからもともと純粋なラジオ耐性はあったんじゃないかと思う。それが車の長距離移動との思い出によって変な風に失われていたのだろう。 Podcastを聞き始めようと思ったのは明確に気になるコンテンツがあったのがきっかけだったのだが、試してみてよかったと思う。

蚤の市でアンティークのコーヒーカップを買った

赤坂蚤の市というイベントに行ってきた。

www.arkhills.com

youtubeで動画が流れてきてその存在を知ったのだけど、よくフランスとか海外在住の方が蚤の市をめぐる動画を見ていて羨ましく思っていたけど、都内でもこういうヨーロッパの品物を扱う蚤の市があることを知らなかった。


www.youtube.com

赤坂蚤の市は毎月開催だそうで、ちょうど次回の7月は第100回とのことで単純計算で100÷12で、8年以上開催されいてるイベントらしかった。まったく知らなかった。六本木一丁目駅からすぐのアークヒルズアーク・カラヤン広場という開けたスペースに、食器、雑貨、アクセサリー、焼き菓子、洋服と様々なブースがひしめいていた。11時開始のイベントに20分くらい過ぎたころに到着したが、もうすでに人気のブースには人だかりができていた。

特にアンティークの食器を扱うブースは人気で、みなが手にとって裏表をひっくり返しながらじっくり眺めて吟味していた。値段はまあまあよいもので、私の財布事情的には勢いでばんばん買えるようなものではなかったので、本当に気に入ったものや状態と価格のバランスで納得できるものを探す必要がある。そういう品物が売り切れてしまわないように開始直後から人が多いのもうなずける。周囲を見ているとアンティークのボタンも人気だった。アクセサリー類もたくさん出ていたけど、これまたなかなかよい価格帯だったので、2〜6個くらいのセットで600円から900円と手に取りやすく、パーツと組み合わせたらワンチャン自力でアクセサリーにできそうなアンティークボタンはお試し&記念に購入するには丁度よい品物といった感じがする。色や形も様々で、純粋にコレクション目的で購入している人も多いだろうな、とも思った。

いろんなものまんべんなく見て回ったけど、結局はアンティークのコーヒーカップのセットを買った。素朴で線のやわらかいパンジーの絵柄が気に入った。スウェーデンのロールストランドというブランドが1976年に創立250周年記念として販売した、Sylvia(シルヴィア)というシリーズのコーヒーカップ&ソーサーなんだそうだ。他にもケーキプレートとかシュガーポット、クリーマーなんかもあるそうで、店主さんに気に入ったなら集めてみてはどうかと提案された。これは一度足を踏み入れたら沼れそうな案件だ。

見て回るのを終えたら時間が12時半頃だったので、お昼はそのまま近くのレストランで食べた。アメリカンな雰囲気のレストランで、メニューを見るとハンバーガーがメインのようだったけれど、NetflixアメリカンBBQ最強決戦によく出てきてて憧れがあったマカロニチーズを食べてみた。

そのお店のマカロニチーズは想像していたものより味は濃くなく、ほぼチーズの塩味のみだった。暑くて汗かきすぎて塩分欲してて味覚がバグってただけかもしれないけど、少し薄味に感じた。ソースはナツメグとかクローブ系の甘い香りがした。

テラス席でぼんやり過ごしてたら、炎天下の中の移動と興奮しながらブースをまわった疲れがどっとやってきて、お昼を待ちながらうとうとした。テラス席からはそのまま蚤の市の様子が見えるのだけど、位置的にはブースの後ろ側の少し離れたところになる。さっきまではお客としてあちら側からブースを見ていたのに、今はブースで売り子をする人たちを後ろから眺めることになる。急に自分の視点もお客から売り子側になって、この人はファッションの感じからするにこのブースのターゲットにマッチしてそうだから足を止めてくれるかな、とか、こういう客層の人たちだったらどんなものが目を引くのかな、とかそんなことを考えていた。デザイン的には一番気に入ったのだけど、高くて変えなかったアンティークビーズを使った手作りのアクセサリーを売るブースで、品の良さそうな年配の女性が品物を買っていく様子を眺めながら「よしよし」とつぶやいたりして、気づくと推しを応援する気持ちで見ている自分がいた。

調べてみるとこういう蚤の市は他にもちらほらありそうだった。どうしてこれまで気づかなかったのか。

aoyama-koichi.com

tokyonominoichi.com

日本の骨董品を扱う蚤の市も大好物そうなので行ってみたい。

www.antique-market.jp

リセットの繰り返し

休日はカフェに行く。近所にはいくつかカフェがあって、その日の気分で使い分ける。午前中に駅の近くにある病院に予定があったから、同じく駅前にあるスタバにした。朝の9時半ころに行くと、すでに2人以上の席は埋まっていて、夫とそれぞれ1人席に離れて座ろうと話していたら、ちょうど席を立つ人がいてなんとか1つのテーブルに着けた。

飲み物はアイスラテのトールサイズを頼んだ。「プラスチックゴミ削減のため」と、紙コップに蓋なしで提供された。カフェではいつもラテを飲む。気温によってホットかアイスかが変わるだけだ。子ども舌なのでブラックは積極的には飲まない。スタバのように苦味のあるエスプレッソで作ったラテも好きだけど、酸味の強いフルーティーなタイプのコーヒーで作ったラテも好きだ。その場合はカフェオレというのだろうか。ミルクで酸味が和らいで香ばしさとフルーティーさが残るのがいい。ブラックは苦手と書いたけど、真夏に飲むフルーティーなアイスアメリカーノはまあまあ好きだ。以前、代々木公園駅の近くに住んでいた時に、駅前のコーヒースタンドで買っていたアイスコーヒーはまさにそんな感じで唯一それは好きで飲んでいた。駅前で買い物したりランチを食べたりしたあと、あっちぃな〜とか言いながらアイスコーヒーを買って飲みながらとぼとぼ歩いて帰る。またそんな季節が近づいている。

goodcoffee.me

カフェにはいつも夫婦で行く。2人ともPCを持って行って各々好きな作業をする。会話はあまりしない。それで1時間でも2時間でも過ごす。私は図書館で借りた本の返却日が近かったから、滞在していた1時間半をその本を読んで過ごした。スタバに流れる音楽と、視界に入る人々の様子に気をもっていかれそうになるのを、なんとか本に留める。それだけで精一杯。あまり頭はつかわない、予定がない休日をただなんとなく過ごすやり方だ。

読んでいた本は小説で、以前読んだ本の続編みたいなものだった。特に続編とは謳われていないようだったけど、主人公が同じだった。正直、1冊目の新鮮さに比べると2冊目はやや自分の興味が薄れてしまっていて目が滑ってしまった。目が滑るまま、その1時間半と病院の待ち時間でだいたい読み切って、病院の後、同じく駅前にある図書館に寄って返却した。そしてまた新しく本を借りた。今度は小説じゃないのがいいと思い、イギリスの庭の本、紅茶の本、映画の本、哲学の名著についての本など、何かを紹介する本ばかり借りてきた。通院で若干気落ちしてたから気分があがる情報で頭を満たしたかった。興味を持てるかわからない身のぎっしりした本より、それぞれの情報はさらっと書かれたカタログ的なものが見たかったのだろう。カフェで読書や作業をしたり、図書館で気が向くまま本を手にとったりするこういう時間で何かをリセットしている。

図書館を出たら2時に差し掛かっていて、お昼は迷った結果マックを買って、匂いテロが申し訳ないと思いつつ暑さに負けてバスに乗って帰った。最近はカロリーを気にしてあまり食べないようにしてるのだが、ここ数日の体調の低迷を乗り切ったご褒美と思うことにした。こうやって溜め込んだ週末のカロリーは気持ちの切り替わった平日の自分がまた数日かかけてゆっくりリセットすればいい。平日の疲れは休日に、休日の怠惰は平日にリセット。それをたんたんと繰り返している。

体調と予定のバランスを取る

体調を維持するために、仕事を早く終わらせたり夜の予定を減らしたりして自分でバランスを取るのは大事だ。昨日も無理しないでしゅっと退勤したけど正解だった。もともとは無理してもいろいろちゃんとやりたいほうだったから、しんどいときも時間通り仕事したりしてたけど、基本体力はないほうなのでどこかで限界がきて、さらにしんどくなってからちょこちょこ休まなくちゃいけなくて余計自分でも自分が嫌になったりしていてよくなかった。最近は今はしんどくなる時期だとか、こういう予定が続いているときはその後ぜったい疲れるやつだとかわかるようになってきて、最初から休みの予定入れておいたり、予定詰めすぎないようにしたり、体調あやしかったらしゅっと退勤したりするようにできている。罪悪感みたいなのがないわけではないけど、自分の性質上こっちのほうがサスティナブルだとわかってるので諦めがつくようになってきた。